金ドル本位制をわかりやすく解説!崩壊した理由や前身の制度も紹介


この制度を導入したのは19世紀の大英帝国(現在のイギリス)でした。制度を導入することによって貿易をより簡単にし、世界での影響力を高めようとした狙いもあったそうです。当時の日本でも日清戦争に勝利したことによって得られた金を元手に、金本位制の導入がはじまりました。


世界の貨幣システムは、近代の金本位制に始まり、現在の変動相場制に至ります。金本位制は世界恐慌とともに廃止され、戦後のブレトンウッズ協定によって金ドル本位制が世界的に採用されます。1971年にブレトンウッズ体制は崩壊し、変動相場制に移行しますが、ブレトンウッズ会議によって発足した世界的な金融機関は今でも世界経済において重要なタスクを担っています。この記事では現在の市場システムの源流ともいえる金ドル本位制について紹介します。

金本位制とは一定量の現物の金と貨幣の単位の価値を常に同じものにしようとして作られた貨幣制度です。つまり、各国が金の保有量を基にして通貨価値を定め、その価値に応じて金が簡単に交換できるため、世界中の文化や貨幣制度が異なる国の間でも簡単に貿易ができるようになりました。

金為替本位制度(Gold Exchange Standard)とは ..

金ドル本位制とは、各国通貨と米ドルの交換比率を一定に保つ固定相場制とし、米ドルを唯一の金との兌換紙幣とするという仕組みです。このシステムは、1944年7月にアメリカ・ニューハンプシャー州ブレトンウッズで開催された、連合国国際通貨金融会議で決議されたものです。その為、この会議によって決定された協定をブレトンウッズ協定と呼び、ブレトンウッズ協定によって制定された金ドル本位制は、開催地の名前をとって「ブレトンウッズ体制」とも呼ばれます。

金本位制は金・ドル本位制の前身ともいえる制度で、第1次世界大戦以前は世界中で採用されていました。

残念ながら、この制度も長くはもちませんでした。一番の理由として、1914年に勃発した第1次世界大戦によって、世界中で大恐慌が起きてしまった事が挙げられます。金本位制を主導していたイギリスも例外でなく、武器の売買などによって金が大量に国外へと流出してしまいました。

45か国を代表する約730人の代表者がブレトンウッズで会合しました。効率的な外国為替システムを構築し、世界大戦の遠因となった為替切り下げ競争を防ぎ、国際経済の成長を促進すること、それがブレトンウッズ協定と金ドル本位制に求められた目標でした。ブレトンウッズ協定は、国際通貨基金 (IMF)と世界銀行という2つの重要な組織も創設しました。ブレトンウッズ体制は1970年代に終焉を迎えますが、IMFと世界銀行は現在も国際通貨流通の強力な柱であり続けています。


金・ドル本位制」ともよばれる。 ブレトン・ウッズ体制は,1960年代にゆらぎ ..

各国は貨幣と金のバランスが大きく崩れてしまい、金本位制を維持できなくなってしまったのです。そのため金本位制から管理通貨制度へと移行し、金本位制は事実上、崩壊してしまいました。

[PDF] 国際通貨と国際流動性 : ドル本位制形成の意味論 (Ⅱ)

以下では,まずアメリカの国際収支悪化の原因とこれに伴う流動性急増,ドルの信認低下を述べ,ついで固定為替相場制度が現在のような混乱に陥った背景をさぐり,併せて将来への改革の動きにふれることとする。

制の危機2:01「ブレトンウッズ体制」とは? 4:11「ニクソンショック ..

ブレトンウッズ会議自体は3週間にわたり開催されましたが、その準備にかんしては数年にわたって行われていました。ブレトンウッズ体制の主要な設計者は、有名な英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズと、米国財務省の国際主任エコノミスト、ハリー・デクスター・ホワイトでした。ケインズの希望は、清算連合と呼ばれる強力な世界中央銀行を設立し、バンコールと呼ばれる新しい国際準備通貨を発行することでした。ホワイトの計画では、融資基金の設立と米ドルのより大きな役割を想定していました。結局、ホワイトの構想を軸に両社からアイデアを取り入れたものとなりました。

金が交換可能な状態にないといけません。兌換紙幣。金↔️紙幣金ドル本位 ..

以上のように戦後の国際通貨体制は金ドル本位制と固定為替相場制度を二つの柱として展開してきた。しかしこの間,アメリカの地位の相対的低下と世界的なインフレーションの進行は体制そのものをゆるがすにいたっている。シュバイツァーIMF専務理事のいうように,「国際通貨体制の現在の危機的状態は,かなりの期間にわたって積み重ねられてきたひずみと欠点が破局に達したもの」である。1970年と71年前半における爆発的な流動性の増大はついに金ドル本位制そのものを破滅に導き,また固定為替相場制を一時的にもせよ停止させてしまった。こうした現在の混迷に際して,これまでの国際通貨体制のもっていた矛盾やその運用面における問題点を探ってみることは,来るべき国際通貨体制の再建策を展望する上でも有用なことであろう。

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この制度は、世界の国々が貿易などの取引を活発に行い、相互に経済発展する仕組みを作ることが主たる目的としたものでした。それが金・ドル本位制を基軸に置くブレトンウッズ体制になります。

10分でわかる金本位制 – わかりやすく誕生や崩壊の歴史を解説

ブレトンウッズ体制が完全に機能するようになったのは1958年のことでした。金ドル本位制が施行されると、金1オンス=35米ドルと交換できることを定め、各国の通貨と米ドルの交換比率は固定されました。ブレトンウッズ体制のすべての国は、為替変動を平価(アメリカと他の国との貨幣の価値の比)の上下1%以内に抑えることとする固定相場制に合意しました。各国は、必要に応じて米ドルを売買することによって固定相場を監視および維持する必要がありました。したがって、ブレトンウッズ体制は、国際通貨為替レートの変動を最小限に抑え、国際貿易の安定を助けました。外国為替がより安定したことも、世界銀行からの国際的な融資と助成金の支援が成功した要因でした。

そのため金本位制度では、通貨の価値(「本位貨幣」という)が金によって保証されます。

これは,戦後各国で採用された完全雇用,高成長政策が各国経済に定着したこととともに,固定平価主義があずかって力あったと判断してよかろう。とくにこの固定平価の原則が,IMFによる資金供与と相まって,一時的要因による為替変動を回避させたことは大きな成果である。このような為替の安定が,他方で経常取引に関する為替制限の除去とともに,戦後世界貿易の著しい拡大に貢献したことは正当に評価すべきであろう()。

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この制度が制定された一番の目的は、第二次世界大戦の遠因でもあった為替相場切り下げ競争の再発を防ぎ、戦後の復興に欠かせない貿易の円滑な発展のための決済システムを作ることでした。簡単にいうと世界大戦以前の金を国際決済手段とする金本位制への回帰に近いです。

金本位制とは?取り入れるメリット・デメリットや日本における歴史も解説

協定第4条では加盟画は自国通貨の平価を設定することとされている。固定平価の原則である。こうして設定された平価を基準として,加盟国通貨相互間の為替相場は,直物為替取引の場合にはその上下1%の範囲内に維特さるべきものとされている。しかし,この平価も絶対的なものではなく,「自国経済の基礎的不均衡を是正するため必要な場合」には,変更を行ない得ることとされている。

国際通貨制度(International Currency System)とは ..

過去の金本位制と異なる点は、各国通貨と米ドルの交換比率を固定し、ドルだけが金と交換比率を固定したという点です。つまりドルを間に挟んだ疑似的な金本位制のため金・ドル本位制と呼ばれているのです。この制度が締結されたのはアメリカにあるブレトンウッズホテルです。1944年に連合国の代表が集まって決定されたため、ブレトンウッズ体制と呼ばれています。

媒介通貨)とは何かを考察しながら、第一次世界大戦後のIMF=ブレトン・ウッズ体制から

金とドルの相場を固定し、ドルと各国通貨の相場を固定することによる疑似的な金本位制なら、金本位制と変わらないと感じる方も多いと思います。しかし、このブレトンウッズ体制には金本位制とは大きく異なる点が一点だけありました。それは、金本位制では各国の決済が原則、金で行われていたのに対し、金ドル本位制はドルで行われたということです。

この仕組みのことを、「ペトロ・ダラー制」(石油決済本位制)と呼んでいる。 ..

国際通貨体制の戦後四半世紀の歴史は,また1930年代に比し,相対的に為替相場の安定していた時期でもあった。