21世紀に入って、最も円安ドル高水準だったのが2002年の135円、最も円高ドル安水準.


米ドル/円の歴史においては、これまでも何度か円安トレンドが展開したことがあった(図表1参照)。そんな過去の代表的な円安局面と今回では何が違うかについて、少し確認してみる。


米ドル高・円安が、2002年以来20年ぶりに135円を目指す動きとなっている(図表参照)。当時の米国は共和党・ブッシュ政権。金融市場ではITバブル崩壊の株安が広がっていた。そんな株安を尻目に起こった米ドル高・円安には、最近と類似点、相違点それぞれあった。

2001年から始まったブッシュ政権において、経済政策を担当したリンゼイ大統領補佐官は「親日派」として知られた。そんなリンゼイ補佐官は、デフレに転落し低迷が続いた日本経済を円安で支援するため、そして外国資本による米経常赤字ファイナンスのために米ドル高が有効との判断から米ドル高容認政策を主導したのだった。

20年ぶりの歴史的安値水準が目前の円の対ドルレート | 2022年

こういった中で、ブッシュ政権発足直前には110円程度だった米ドル/円は、ITバブル崩壊で米国株安が広がる動きを尻目に2001年3月には126円台まで上昇。2001年9月11日、米同時多発テロ事件発生を受けて、米ドル/円は一時115円まで急落したものの、その後は改めて米ドル高・円安が再燃した。そしてこの2001年9月115円から2002年1月135円までの米ドル高・円安を演出したのは日本の金融・為替政策だった。

1982年にかけて、米ドル高・円安が280円程度まで進んだことがあった。これは、米インフレ対策に伴うFRB(米連邦準備制度理事会)の高金利政策に連れた米ドル高の側面が大きかったといった意味で、今回に近いと考えられる。ちなみに、当時米国の政策金利であるFFレートは20%近くまで引き上げられた(図表2参照)。

米国がインフレ対策で金融引き締め策に動き、上昇する金利に連れる米ドル高を容認、その結果として円安が止まらなくなるのは、今回とよく似た構図と言えるだろう。ただし、米インフレ対策を優先した米ドル高・円安は、結果として行き過ぎた動きとなりやすい。当時、5年MA(移動平均線)を2割以上上回った米ドル/円は経験的に米ドル「上がり過ぎ」が懸念されるもので、この点も今回と似ていた(図表3参照)。

行き過ぎた相場の動きは、弊害をもたらす。1980年代前半の場合、それは日米貿易不均衡の拡大だった。このため、インフレが鎮静化すると、貿易不均衡是正が課題となり、1985年のプラザ合意による実質的な米ドル切り下げ策を受けて米ドルは大暴落に向かった。


13日の東京外為市場でドル/円が126円台まで上昇し、約20年ぶりの高値を付けた。

日銀が、米国債などを購入することで資金を供給するこのQEは、米ドル買いを伴うことで、二重の円安誘導効果が期待された、ある意味では「究極のQE」だった。ただこれに対して財務省が強く難色を示した。日銀による米ドル買いは、財務省が主管していた為替政策を混乱させる懸念があると考えたためだった。

20年ぶり円安、1ドル=135円台 日米金利差広がり、円売り加速

ではこの外国債購入といった「究極のQE」実現を、どうしたら阻止できるか。そこで浮上したのが「口先介入」による円安誘導だった。一部報道で、財務省が複数の有力な為替関係者に、「130円を超える円安になりそう」といった「相場見通し」を伝えているといった内容が流れた。自律的に米ドル高・円安が進むことで、割高な米ドルを買う必要が出てくる米国債など外国債購入という「究極のQE」実現を回避するとの狙いと見られた。こうした中で、2002年1月にかけて米ドル高・円安は135円まで進んだのだった。

【2002年 ドル円 チャート】為替レート(USD/JPY)の推移

この行き過ぎた米ドル高・円安が日米貿易不均衡拡大をもたらしたといった点が、今回と異なっている。米国の貿易赤字は拡大しているものの、大幅な円安は日本の貿易黒字増加をもたらすところとなっていない。現在の貿易不均衡拡大は、米中が主役となっている。以上からすると、米インフレ鎮静化後、貿易不均衡是正が課題となった場合でも、今回はそれがもたらす円高圧力には自ずと限度がある可能性がありそうだ。

ドルが128円台に上昇、2002年5月17日以来=東京外為市場 | ロイター

さて、そんな2002年以来20年ぶりに、今月に入り135円を目指す米ドル高・円安が広がっている。20年前と今回で大きく異なっているのは、20年前の日本経済はデフレが懸念されていたのに対し、足元では逆に物価の上昇、インフレが懸念されているということだ。この結果、20年前はほとんどなかった「悪い円安」批判だったが、今回は輸入物価上昇をもたらす「悪い円安」批判となっている。

1ドルにつき円, 1ドルにつき円, 1ドルにつき円, 1ドルにつき円, 1ドルにつき円, 1ドル ..

また、インフレ対策の観点から、米政府の米ドル高への期待は20年前より強そうだ。日本経済にとっては悪い面も目立つ円安ながら、米国のインフレ動向次第では、20年前と異なり、135円からさらに米ドル高・円安が進む可能性も秘めた状況が続いていると言えそうだ。

円相場が一時、1ドル=125円台。2002年12月以来の円安水準。

13日のでが一時、1ドル=135円台まで下落し、2002年2月以来、約20年ぶりの水準となった。米労働省が先週発表した5月の消費者物価上昇率が市場予想を上回り、物価高を抑えるため(FRB)が利上げを急ぐとの見方が強まり、米が上昇。円を売って金利の高いドルを買う動きが進んだ。

為替・ドル円相場の超長期チャート | 金プラチナ相場情報 Lets GOLD

この円安は、上述のプラザ合意を受けた米ドル/円大暴落の反動ということだっただろう。プラザ合意後、米ドル/円が120円まで暴落したところでは、米ドルは5年MAを4割も下回った。これは、1980年以降で確認する限り、最大の米ドル「下がり過ぎ」だった。

その後、国内ではいざなぎ越えの景気が始まるとともに円相場も持ち直し、2002年下半期までには120円前後まで上昇・推移した。 ..

しかし日米貿易不均衡拡大が続く中で、160円までの米ドル高・円安は、当時の米国の政策として容認できないものだったようだ。1993年から始まったクリントン政権が、改めて円高容認政策に動いたことにより、米ドルは1995年にかけて80円まで再び暴落した。

本日(15 日)、日本の通貨当局(財務省と日本銀行)は、1 ドル=82 円 80

この1995年にかけて80円まで米ドルが暴落した動きも、5年MAを3割下回る米ドルの「下がり過ぎ」といえるものだった。その意味では、1998年147円までの米ドル高・円安は、当初はそんな米ドル「下がり過ぎ」の反動から始まったものだった。

円相場歴史:ドル/円チャート長期レート|1.10.20.30.50年推移

この円安は、2001年に発足したブッシュ政権が、デフレに転落し低迷する日本経済を円安で支援するといった目的から米ドル高政策を採用したことがきっかけだった。また当時は、2000~2002年にかけてITバブル崩壊の世界的な株安が広がっていたが、株安の震源地の米国で投資家が損失を埋めるべく外遊資金を引き揚げた「リパトリエーション」の影響もあった可能性が考えられた。

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2008年の「リーマン・ショック」などをきっかけに、2011年にかけて75円まで米ドル/円は暴落した。これは、5年MAを米ドルが2割下回るもので、「下がり過ぎ」懸念の強い動きだった。

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そんな「下がり過ぎ」の反動から始まった米ドル高・円安は、2011年末から始まった安倍政権が提唱したアベノミクス、その中でも主役を演じた大胆な金融緩和に乗じた形で2015年にかけて125円まで続いた。この米ドル高・円安は、5年MAとの関係で見ると、1980年以降では最大の米ドル「上がり過ぎ」と言えるものだ。