ベストセラー『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(通称 もしそば)シリーズが、電子書籍化された。


柴田説のように、すでに昭和三十年代の学校現場でさえ、咎めだてがなかったとすれば、現在の学校で、全く問題にされていない現状は、その当然の結果であろう。そして、そうであれば、TVなどに出てくるタレントたちが、一様にその話し方で押し通して恬として恥じないのも、不思議ではないことになる。


上智大学理工学部、東京大学教養学部、同学先端科学技術研究センター、国際基督教大学(ICU)、東京理科大学、ウィーン工科大学などを経て、東洋英和女学院大学学長で現役を退く。東大、ICU名誉教授。専攻は科学史・科学哲学・科学社会学。幼少より能楽の訓練を受ける一方、チェロのアマチュア演奏家として活動を続ける。

そういえば、私の現在の仕事のなかに、高校生を相手にしたある種のセミナーというものがある。出てくる出てくる生徒たちの誰もが、極端な「がぁでぇ調」なので、時に「その話し方は、日本語としてとても聞き苦しいものだと思う人たちがいるのだから、気を付けたら」と注意することがある。学校の先生が臨席されるときもあるのだが、一様に怪訝な顔をなさる。

まるでアジ演説みたいに、暑苦しく、アンパンマンの絵本の読み聞かせをやってみましたよ。

そこで「がぁでぇ調」起源に関する柴田説だが、それは日本語の問題であると同時に、日本の歴史と社会の問題でもあるということになる。「われわれは、個人が大小の集団に向かって、事を分けて意見を述べる習慣を持っていなかったから、そのための文体も発声法も存在しなかった。 ・・・ 書き言葉はあくまでも書き言葉で、それを美しい響きと抑揚で声に出すことはなかった」という指摘は、まことに説得的である。

アジプロ〔名〕({洋語}「アジテーション」の略「アジ」に、「プロパガンダ」の略「プロ」が付いた語)労働運動における扇動的宣伝。また、扇動と宣伝。*芸術運動に於ける前衛性と大衆性〔1929〕〈勝本清一郎〉「芸術作品の大衆化と、芸術作品でない『大衆の直接的アヂ・プロのための作品』の製作とは、区別されてゐるのだ」*刻々〔1933〕〈宮本百合子〉二「ブルジョア選挙のバクロと階級的候補者支持、選挙をどう闘ふべきかといふことのアヂプロを行った」

ええっ、と思う。学生のアジ演説が激越を極めたのは、一九六八年(昭和四十三年)の学
生運動だが、この「がぁでぇ調」はすでに昭和三十五年(一九六〇年)の学生が身に付けていたのだから、アジ演説由来説への反論が可能、という趣意で、柴田さんは書かれている。しかしこの文章はまた、図らずも「がぁでぇ調」の発端が一九六〇年以前であることをも物語っている。そうだとすると、この話癖は今から見れば半世紀をはるかに超える歴史を持つことになるではないか。

編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2019年10月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、をご覧ください。


agitation, (「アジテーション」之略)煽動。 是什麼意思?

ベストセラー『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(通称 もしそば)シリーズが、電子書籍化された。

30年以上前に父の蔵書で、文章の書き方のハウツーもので、時候の…

あの傑作を電子書籍で、手元の端末で読むことができる。もともと持っていたのだが、リスペクトしている神田桂一さん、菊池良さんの本であり、鬼才石黒謙吾さんが関わった本であり、表紙も田中圭一さんだし、装丁も寄藤文平さんなので思わず電子版も2冊とも購入した。

立会演説会を聞く生徒たちも真剣です。 豊洋中を引っ張っていくリーダーを選ぶ ..

しかし、やや後悔もした。手軽に読むにはいいけど、この本はなんせ装丁が素敵だし、紙をめくる楽しみがあるので、単行本で買うことをオススメする。デジタル時代、これもまた本の楽しみ方だ。

アジテーションとは?意味、類語、使い方・例文をわかりやすく解説

無論、このタイトル自身がすでに明らかにしているように、ここで柴田さんは、私が「聞き苦しい」と書いたポイントを主題的に論じられている。しかも、私のように、聞き苦しいが、この話癖はどこから来たのだろう、と放り出さずに、きちんとしたご自分の推理、解釈を記しておられたのである。それにしても「がぁでぇ調」と名付けるとは、言いも言ったり。

強い調子の文章や演説などによって人々の気持ちをあおり、ある行動を起こすようにしむけること。 扇動。 アジ。

要するに私は、この話し方を「昨今」のこととして理解していたが、それは全くの誤りで、すでにほとんど半世紀前に、音楽家の鋭い耳は、この現象を正面から捉えて、日本語論の一つとして論ずべき、と考えておられたことになる。柴田さんの記述は、とても魅力的なので、先ずは現象の説明の部分を引用してみる。

人々が特定の感情を持ち、特定の行動を起こすように働きかけること

要するにセンテンス全体のアーティキュレーションは無視され、言葉の要素ごとに、その末尾にアクセントの強調とリズムの引き伸ばしが必ず来る。以前の日本語の話し言葉にはなかった、平坦で単調な、無個性で規格的なエロキューションが成立している。
日本語の乱れ、ということがさかんに指摘されるが、抽象的な、あるいは活字になった文章や文字の視覚からの議論が多く、この聴覚上の乱れはあまり本気でとり上げられず、おそらく教育の現場でも放置されているのではあるまいか。耳からのことは二の次、というのは、これも日本語的特徴にちがいない。(同書一二二ページ)

第92回 いろいろなプロ | 『日本国語大辞典』をよむ(今野 真二)

まことに意を尽くしている。「耳から」の言葉を日本語論として捉える視点の欠如は、まさしく音楽家ならではの指摘であるし、「教育の現場」云々も、放置されるどころか、私の実見(「実聴」とすべきかも)では、現在では先生方が率先して、この「がぁでぇ調」を使って話されている。生徒たちがそれを話し方の「乱れ」と気付かされるはずもない。

アジ演説 inflammatory talk - アルクがお届けするオンライン英和・和英辞書検索サービス。

NHKが、日本語の正統性を守る砦とは、すでにお世辞にも言えないが、ともかく、その解説者やアナウンサーにさえ、この話し方は蔓延している。TVなどで、たまに、本当にたまに、この話し方の片鱗も見せずに話をする方に出会うと、心からホッとするし、それだけで、大袈裟ながら話し手に敬意さえ覚える。

noun: propaganda speech; inflammatory speech

ある機会に、私がこの現象を話題にした時、さる大学関係者の方が、それは例の学生紛争(特に一九六八年に始まった新左翼を主体とする学生運動)での、学生たちのアジ演説が発端ではないか、と反応されたことがある。「我々わぁ、学校当局がぁ、不当にもぉ ・・・ 断固ぉ、粉砕するぞぉ」という例のあれである。この説は、実は柴田さんも書いておられる。引用してみよう。

Meaning of アジ演説 in Japanese | RomajiDesu Japanese dictionary

我々が勇躍決起した姿は圧倒的な共感を作りだし、見るものをおおいに鼓舞した。政治家や経営者どもにより困窮と抑圧の地獄に突き落とされたわれわれ市民は、このカップ焼きそばを通じて、国際的団結を創造し、なんとしても萩生田の弾劾、菅原の議員辞職を勝ち取るべく、魂を戦闘的に高揚させたのだ。

先生、術後間もないのにご参加いただきありがとうございました。 ..

現代は「アジプロ」という語を使う場面そのものが少ないだろうが、「agitation」(=強い調子の文章や演説などによって人々の気持ちを煽ること・扇動)+「propaganda」(=政治的意図を持つ宣伝)で「アジプロ」ということだ。三省堂の「ことばのコラム」「」の第48回「」で「アジテーション」と「プロパガンダ」が詳しく説明されている。『日本国語大辞典』があげている使用例はいずれも「アジ」ではなく「アヂ」と書かれている。これは「agitation」という原語の綴り「agi」が意識されているのだろう。インターネットで調べてみると、「アジテーション」は認知症に起因する興奮状態をあらわす医学用語としても使われていることがわかる。『日本国語大辞典』には次のようにある。

Photo by 高須 克弥 on December 07, 2024

アジテーション〔名〕({英}agitation )激しい調子の演説や文章などによって、多くの人の感情に訴え、人びとを自分の意図する行動にかりたてようとすること。扇動。アジ。*アルス新語辞典〔1930〕〈桃井鶴夫〉「アジテーション 英 agitation 煽動又は煽動すること」*愛の渇き〔1950〕〈三島由紀夫〉三「悦子さんの味方としてアドヴァイスしたいんだけどね、むしろアジテイションかな」*自由の彼方で〔1953~54〕〈椎名麟三〉三「組織の拡大とアジテーションの積極化であった」

割腹自殺の直前、自衛隊市ヶ谷駐屯地のベランダでアジ演説する三島由紀夫(1970.11.25)

あげられている使用例は1930年のものから始まり、1950年代のものまでであるので、いわば70年前までの「アジテーション」ということになる。そのことからすれば当然といってもよいが、医学用語としての「アジテーション」については記述がない。「外来語のその後」についての記述を体系的に補強するということはあってもよいように思う。