トリドールHD粟田社長はなぜ新規出店の意思決定を人に任せるのか?


丸亀製麺では、2012年から「まるごとまるがめ体験教室」という子ども向けの食育事業を行ってきた。各店舗で地域の子どもたちと一緒に、手打ちでうどんを作る取り組みだ。この教室を開くためには、普段の営業をしながら様々な準備が必要になる。 そのため、開催するかどうかは店長の判断に任せていたが、「自主的に手を挙げる店長が多く、400回以上開催してきた」とのことだ。 参加する子どもの人数は年に6千名を超え、同社の象徴的な社会貢献事業に成長した。


粟田社長は、「スタッフのモチベーションにもつながっているし、参加した子どもが将来大のうどん好きになるかもしれないという意味で、間接的にファンづくりにも貢献している」と手応えを話す。

Simply For Your Pleasure.(すべては、お客様のよろこびのために)というミッションにFinding New Valueという一節を加えた。粟田社長は丸亀製麺をつくった当時を振り返り、未来に向かってこう語る。

「サービス精神旺盛な商売人」トリドールHD社長・粟田貴也<前編

トリドール創業者社長の粟田貴也氏は、1961年(昭和36年)に兵庫県神戸市で生を享け、その後、兵庫県加古川市に居を移すことになる。

「当時もうどん屋なんて全国にあった。でも、打ちたてのうどんをその場で茹で、提供する風景は、香川県の製麺所でしか見たことがなかった。この讃岐の本場で体験した感動を具現化して、広げていきたいと思い、うどんを作る工程を前面に出した丸亀製麺をつくった。単にうどんを提供するのではなく、感動を提供することで、口コミで広がっていった。コロナ禍でも感動を届け、新しい需要を掘り起こしたい。それが、明るい未来につながる」

目標を定めた後の行動は、素早かった。もともと独立志向の強かった粟田氏にとっては、学士の資格は無用の長物であった。それよりも必要なものは開業資金である。そこで、迷わず大学を中退し、開業資金を得るために佐川急便のセールスドライバーとして勤務することになるのである。

お子様からご年配の方まで、ご家族が一緒に楽しめる焼鳥屋を目指し、「とりどーる」の屋号で店舗展開を進めてきた 。いまやその軸足を讃岐うどんの店「丸亀製麺」に移しながらも178店舗(2008年1月末時点)を有する一大外食企業に成長した。創業当時は、「何とか3店舗は経営したい」と考えていた粟田貴也創業者社長も、ここまで大きな外食企業に育つとは思っていなかったと言う。創業業態にこだわらず、新たな業態開発で成長しているトリドールの歴史を紐解いていきたいと思う。


【丸亀製麺】 株式会社トリドールホールディングス代表取締役社長 兼 CEO 粟田 貴也 氏

各店舗では地域住民がパート・アルバイトとして働いている。「自分たちの地域を汚したくないとスイッチが入ったスタッフもいる。社会に貢献していると実感することで、働きがいが生まれ、誇りを持てる」(粟田社長)。

食の感動体験を提供する株式会社トリドールホールディングス(東京都渋谷区、代表取締役社長 兼

さて、話をトリドールに戻そう。人生設計通り、自分の店を持つことができたが、店舗運営も設計書通りできたわけではなかった。

外食・大量閉店時代でも躍進! 知られざる丸亀製麺のサバイバル術

行き着いた答えが、焼き場をお客様に見ていただくことであった。つまり、オープンキッチンにすることである。それまでの焼き場は、店の奥の方にあった。それをお客様の目の前に持ってくることにより、活気のある店に見せるだけではなく、お客様との会話がより深まることになったのだ。そして、お客様の数も徐々にではあるが増え、多くのお客様に来ていただけるようになったのである。また、このオープンキッチンの考え方が、後々の店舗レイアウトの基本ともなったのである。

トリドールHDの粟田社長 加古川観光大使に就任 市と連携協定も

【会社設立】1995年(平成7年)10月。
【会社概要】家族で利用できる本格的な焼鳥屋を志し、を、ロードサイドを中心に展開。
その後、ショッピングセンターを中心にセルフ讃岐うどん店「」に事業をシフトするとともに多業態化をはかる。
2006年(平成18年)2月に東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場。
【経営理念】「ひとりでも多くのお客様に いつまでも愛され続ける 地域一番店を創造していこう」
【代表者】代表取締役社長 粟田貴也

「丸亀製麺に次ぐ業態を複数持つ必要がある」 粟田貴也 トリドール ホールディングス 社長

粟田社長は、エコアクション21を取得したことによる最大の成果として、「マニュアルや機器の導入ではなく、本社の社員が店まで出向き、環境の未来について説き、将来像を共有できたことにある」と述べる。

株式会社トリドール 代表取締役社長 粟田 貴也(Takaya Awata)氏

讃岐うどん店の丸亀製麺などを傘下に持つ、トリドールホールディングスの創業者、粟田貴也さん。
大学を中退し、トラック運転手として働いて貯めた資金で、焼き鳥店「トリドール3番館」を開業しますが、客が来ない日が続き、「客は何を求めているのか」を知ることの大切さに気づきます。
売り上げを伸ばし、店の数が増えても、客が本当に求めているものを探し続けたことで、客が感動する「体験価値」の重要性に気づき、製麺機の店内設置を貫く丸亀製麺の誕生につながります。
何度かの失敗を乗り越えて、事業を成長させてきた粟田さんの歩みを、ロングインタビューで伺います。

トリドールホールディングス代表取締役社長兼CEOの粟田貴也氏.

讃岐うどん店「丸亀製麺」などを傘下に持つ、トリドールホールディングス社長・粟田貴也さんの故郷、兵庫県加古川市などを訪れます。
旧国鉄・加古川駅近くの路地裏で、初めて開いた飲食店「トリドール3番館」の跡地で伺うのは、開店から続いたお客が来ない日々の苦しさや、そこから「客が本当に求めているもの」を考えるようになった、ビジネスパーソンとしての『源流』と言える体験です。
「体験価値」の提供に取り組み、売上高を伸ばしていった「丸亀製麺」の1号店(加古川店)や、生徒会長としてリーダーシップを発揮した県立加古川東高校など、粟田さんの歩みを辿ります。

「製麺所の風情を手放したら丸亀製麺ではなくなる」トリドールHD粟田社長が語る“二律両立”の経営とは?

2022年度には丸亀製麺全店舗で、2023年度には炭火焼き鳥屋「とりどーる」やとんかつ・かつ丼の「豚屋とん一」など同社のブランド全店での導入を目指す。

トリドール 代表取締役社長 粟田貴也さん. 国内外で797店展開の「丸亀製麺」 手作り・できたてを世界に発信.

一軒の焼き鳥屋から始まり、「丸亀製麺」の大ヒットから東証プライム上場を果たしたトリドールホールディングス(HD)。今や国内外に約20の飲食ブランドを持つまでに成長したグローバルフードカンパニーは、なぜ次々と繁盛店を生み出せるのか。本連載では『』(粟田貴也著/宣伝会議)から、内容の一部を抜粋・再編集。「外食は最も身近なレジャー」をコンセプトに快進撃を続けるトリドールの戦略ストーリーと、成功の源泉とも言える独自の経営論について、創業社長・粟田貴也氏が自ら明かす。

食の感動体験を提供する株式会社トリドールホールディングス(東京都渋谷区、代

世界各地にいるトリドールのグループ企業の社員やローカルバディ、店で働くスタッフの方々が、今この瞬間にも食の感動体験を生み出している。アメーバが増殖するように、トリドールの食の感動体験が世界中を覆って広がっていくようなイメージが頭に浮かぶのです。

大手うどんチェーン「丸亀製麺」の創業者、粟田貴也さんです。トリドールホールディングス・粟田貴也社長:「手作り、出来たて」というチェーン…

若い頃は、お金やノウハウはありませんが、夢に向かうモチベーションがあります。私が経営者として大切にするのも、社員のモチベーション。当社の人事は年功序列ではなく、モチベーションが高い人材には、若くても店長やマネージャー等の役職を与える方針です。また、当社はホールディングカンパニーとなり分社化を進めていますが、これもかつての私のような強い思いを持った人に経営者への道を開き、グループの成長エンジンとなってもらうためです。若い人には、夢を自分自身に問いかけ、言葉にして、有言実行を目指してほしいと思います。私は、その夢を形にする「キュレーター」でありたいと思っています。

丸亀製麺が「店舗のない丸亀市」で地方創生に取り組む真意 トリドール粟田社長に聞く:過去最高の営業利益(1/3 ページ)

一軒の焼き鳥屋から始まり、「丸亀製麺」の大ヒットから東証プライム上場を果たしたトリドールホールディングス(HD)。今や国内外に約20の飲食ブランドを持つまでに成長したグローバルフードカンパニーは、なぜ次々と繁盛店を生み出せるのか。本連載では『』(粟田貴也著/宣伝会議)から、内容の一部を抜粋・再編集。「外食は最も身近なレジャー」をコンセプトに快進撃を続けるトリドールの戦略ストーリーと、成功の源泉とも言える独自の経営論について、創業社長・粟田貴也氏が自ら明かす。

(トリドールホールディングス 代表取締役社⻑ 兼 CEO) 佐藤 ..

第2回は、製麺所の風情を生かした特有の店舗設計をはじめ、各店で何もかも手づくりするオペレーションなど、セントラルキッチン化の真逆を行く非合理なチェーン展開に丸亀製麺がこだわる理由を探る。