・定命人間に寿命があるのに対し、エルフには基本的に寿命がない。



[・・・]この至高神の被造物として現れる人類に、二種類の異なった種族を想定するところに、の創作神話の特異性がある。
二種類の人類、すなわち現行の人間の以前にプロトタイプ的に別種の人間が存在したという設定は、時として神話に見られるモティーフであり、この点のみをとりあげての独創に帰すことはできない。しかし、が、以降の物語を展開させてゆく中心的な因子となるところは、ひとりにのみ見られる特色であるといってよいだろう。

一般的に・ラテンの古典神話など、人間型神格(anthoromorphic dieties)を想定する神話では、不死性 は主に神と人間を区別する規準となっているが、においてはこれが二種類の人類を分かつものとなるのが特徴的である。

当然のことながら、フイによる審判という構想は中期稿以降消滅することになるわけであるが、それに替わって明白に現れてくるのが、人間が有限の生命を持つこと自体が至高神による恩寵であるという設定である。すなわち「死はヴァラールによって定められたものではない。それはによる恩寵であり、いずれ時が尽きるときには西方の支配者ですら羨むことになる恩寵なのである」(, p.65)。


ふと思い出したのは、「グリムの法則」だ。『グリム童話』で有名なグリム兄弟の兄で言語学者・文献学者だったヤーコプ・グリムの名を冠したもので、インド・ヨーロッパ祖語からゲルマン祖語が生まれた際の音韻変化の法則を緻密に追い求めたものだ。「法則」という言葉にふさわしく、「音韻法則に例外なし」とまで言われる。トールキンのエルフ語も、まさにこういった法則が適用されていた。

ぱらぱらとめくると、トールキンが作り上げていたエルフ語の2系統、古語であるクウェンヤ(Quenya)と、中つ国のエルフの言葉シンダリン(Sindarin)について文法や語彙、発音はもちろんのこと、それぞれの系統関係まで視野に含めた解説がされている。

今日のハーフエルフの原型は『指輪物語』での設定に多くを負っている。


人間のモータリティが至高神による恩寵であるとのコンセプトが確立されると、それはさらに発展して「の歴史」最終稿の「死後の人間の魂の行方についてはエルフの知るところではなかった。(中略)おそらく死後の人間の運命はヴァラールに委ねられたことではなく、また完全にはアの諧調において予言されてはいないことなのである」(, pp.104-5)という設定となって結実する。要約するならば〈イルーヴァタルの子ら〉と名づけられた二種類の人間に関して、中期稿以降次のような図式が基本的なものとして成立していたと考えられる。

伊藤さんがこういったテーマを扱おうとした1980年代、わずかながらとはいえ、先行研究のようなものが存在したという。伊藤さんが対話の中で話題になるだろうと書籍を準備してくれていたテーブルの上に、『An Introduction to Elvish』、つまり、『エルフ語入門』というタイトルの本があった。アメリカの神話創造協会(Mythopoeic Society)というグループの言語研究ブランチが出したもので、アマチュア研究者によるものだが、非常な労作だという。それがまさに伊藤さんが研究を始めた時点での「先行研究」に相当した。

、伊藤さんが、幼い頃から「ここではないどこか」に惹かれ、その場所がなぜか北欧であるとまだ幼い頃に直観した話を聞いた。また、意味が分からないただ呪文のような言葉の連なりに惹かれるものがあり、言語と神話をまるまる創造したJ・R・R・トールキンの研究へと進んだ。その言語は「エルフ語」として知られ、神話は『シルマリルの物語』としてまとめられている。


したがっての構想によれば、人間は自然、すなわち創造された宇宙の中に一時的に逗留し、やがてはそこから去ってゆくことを運命づけられているのに対して、妖精は自然の中に完全に統合された、いわば的な自然を具現するものとなる。また人間が有限の生命を持つがゆえに、自然の中にあってはあくまで一時的に仮寓する存在である限り、人間と妖精、もしくは人間による妖精の住む世界とのはあくまで偶発的なものであり、それを永続することは不可能である。ここにが後期の作品、ことに指輪三部作において繰り返し描いた〈美とそれに対する別離の哀惜〉という中心的主題が生ずる余地が成立するのである。


これだけ理解しておけば、エルフについて大体間違うことはない。

“の物語” では、人間が死んだ場合、エルフと同じ行く末はたどらず、単に世界から消え去るだけとされている。も死後はアマンに赴くと示されていることからすると、人間だけが特別な扱いをされているわけだ。
死後に赴く場所がどこにもなく、ただ世界から消え去るのみ、というのはとても空しくも思える。現実世界の多くの宗教が「あの世」なるものを設定して死後の生を考慮していることを踏まえても、の世界観は非常に特殊だ。少なくとも的とは言えないだろう。C・S・ルイスと比較してが「異教的」と言われるのも納得できる。

日記:エルフを嫌う心性が世界を転がす。またトールキンの手紙より

映画『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフ語の監修をはじめ、その生みの親であるトールキンから日本のマンガにおける北欧神話の受容まで、バイキングが語り継いだ物語と古英語を研究する伊藤盡先生の研究室に行ってみた!(文=川端裕人、写真=内海裕之)

わが愛しのトールキンのエルフについてつらつらと|真魚の活動報告

そしてエルフの「不死」というのは、単に現世で永遠の命を持っているということにはとどまらない。エルフたちも他者によって殺害されれば死ぬのだが、そうして命を落とした彼らが死後にどうなるのかという点こそが重要だ。
何らかの原因で死んだエルフは、大海を超えた神々の島アマンにある「マンドスの館」にその魂が運ばれることになる。「大海を超えた」といっても、世界が歪まされて球状になってしまったでは、ふつうに海を進むだけではたどりつけない領域であって、事実上「あの世」といってもいいようなところだ。アマンは「至福の島」であり、エルフの魂はそこで永遠の憩いを得ることになる。死後の生を含めて、エルフは永遠に生きる種族なのだ。

エルフが、人間が、力の指輪がいかにして生まれたか。 不朽の名作、『指輪物語』に ..

このように読んでいくと、最初に書いたような、エルフが頂点にあってオークを最下点に置く優劣図式が単純に通用するわけではなさそうなことがわかる。エルフは失敗や悪事を決して犯さないような完璧な種族ではないからだ。むしろ第一紀における多くの災厄はエルフによって引き起こされている。テレリの虐殺然り、ゴンドリンの陥落然り、ドリアスの滅亡然り。彼らは決して理想の種族ではない。

こちらも「シルマリルの物語」から、昇る、日の出を意味するエルフ語が描かれたイラスト。

エルフは不死であるにもかかわらず、せっかくのその特性を最大限に活かして中つ国で永遠に生を楽しむようなことはできていない。中つ国のエルフたちは、自ら望んで大海の向こうへ去り、減少し続けている。闇の勢力との戦いでの傷を癒すため、あるいは上古の美が失われていくことの憂いのためなど、個別の理由はさまざまであっても、全体でみれば種族としてのその衰退傾向ははっきりしている。
代わりに以降の中つ国で主役を担い始めるのは人間だ。生まれてはいずれ死んでいくという儚い命を定められながら、闇に抗して国を築き、勢力を拡げていく。この流れは押しとどめることはできず、やがてエルフのみならず妖精世界(Faërie)の面影はすべて中つ国から失われていって、最終的には現代の現実世界につながっていく…… というのがの構想にあったとされている。

「エルフ」のアイデア 72 件 | エルフ, トールキン, シルマリル

ところが、彼らが平和で理想的な社会を実現していたかというと、そうでもなかったりする。第一紀の時代にはまだ神々の力がさまざまなかたちで残っていたし、準神格存在とエルフの血が交じり合うことすらあったのだけれども、そのわりにはエルフたちには多くの不幸が降りかかっている。そしてそうした不幸が常に外部(メルコール)からのみもたらされるものだったわけでもない。
リオンで描かれているエルフたちは、宝玉への欲にとらわれ、同族殺し・神々への反逆・裏切りといった多くの罪に彩られる血にまみれた種族だ。良く言えば、破滅的なまでに美しい至宝に呪われてしまった悲劇の種族ともいえるのだが、結果として重ねた罪の数々は、人間の模範たる「長上者」としての資格にはふさわしくない。
でのエルロンドやはたしかに高貴かつ賢明な存在として描かれているけれど、リオンを読むと、彼らのそうした性格はどちらかというと過去への反動や反省から来ているということがわかってくる。とくに、では超然とした女神のごとく描写されていたは、はるか上古の昔には、神々の意向に逆らった反逆者の一員だった過去があったりもして、彼女の愁いが単に種族的衰退に向けられたものではなく、取り消せない過去への悔悛に成り立つものでもあるだろうことが推測できる。またエルロンドは、エルフの始祖的存在かつ最高の能力者たるフェアノールの血に連なる者たちに翻弄されてきたひとりであり、エルフが無垢な種族ではないことを誰よりも痛感しているはずだ。

「エルフ」のアイデア 36 件 | エルフ, ロードオブザリング, トールキン

リオン(“の物語”)は、的な断片の集合として書かれているけれど、そこにはひとつの大きな軸がある。すなわち、宝玉「」とそれをめぐるエルフたちの争いと興亡だ。の指輪戦争の時代では、物事を動かすのは人間(および)が中心で、エルフはどちらかというとサポートのような役割しか果たしていないのだが、リオンでは、エルフたちこそが歴史の主人公だ。第一紀では人間は数も少なく、勢力も弱いけれど、エルフはいくつもの異なる王国を築いていて、中つ国での最大勢力を誇っている。

だいたいヴァンヤール、ノルドールは日本における一般的イメージのエルフに近い外見(ただしヴァンヤールは金髪、ノルドールは黒髪)だが西へ…

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エルフの関係や、貴重な宝石をめぐる悪の冥王との戦いを描く ..

の「」の神話構造を正面から分析している本。
この本の作者が言うところによれば、は、世界中で広く読まれているにもかかわらず、熱狂的支持者からも伝統的文学批評者からもまともな論考がほとんど出ていないとのこと。
けれどもこの本は、単なるガイドブック的なマニア本でもなく、の作品群を読み込まずに表面的な批判をおこなったものでもなく、文学批評の文脈と書誌的分析とを押さえた上でのしっかりした論考になっていると思う。
とくに、作品世界における「エルフ」と「人間」というふたつの主要種族を比較した部分については、深く考えず読んでいたときの自分の認識を覆すようなもので、とてもおもしろかった。
触発されていろいろ考えた内容を、ここにまとめておこうと思う。

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J.R.R.トールキン作品を集ってくださるみなさんと探究するためのファンサイト「The Study of Bag End」のウェブマスターです。「エルフだの、竜だの、ぬか」しています。